「自分が亡くなった後、家族が困らないように遺言書を作っておきたい」
そう考えたとき、比較的取り組みやすいのが自筆証書遺言です。
自筆証書遺言は、公証役場へ行かなくても、自分で作成できます。証人を準備する必要もなく、費用を抑えやすい点が大きな特徴です。
ただし、「自分で作成できる」ということと、「簡単に作成できる」ということは同じではありません。
自筆証書遺言には、本文の自書、作成日、署名、押印など、法律上守らなければならない要件があります。形式を間違えると、せっかく作成した遺言書が無効になる可能性があります。
自筆証書遺言で検討したい主な論点
- 不動産の記載が曖昧で、相続登記ができない可能性はないか
- 預貯金や証券口座を特定できているか
- 遺言書に書かれていない財産を誰が取得するか
- 財産を渡す予定の人が先に亡くなった場合にどうするか
- 一部の相続人の遺留分を侵害していないか
- 誰が遺言内容を実現する手続を行うか
- 遺言書をどこで保管するか
- 相続開始後に家庭裁判所の検認が必要になるか
大切なのは、単に「形式上有効な遺言書」を作ることではありません。
実際に相続が発生したとき、不動産、預貯金、有価証券などの手続を進められる遺言書にしておくことが重要です。
この記事では、自筆証書遺言のサンプルを紹介したうえで、作成前に検討すべき論点を一通り整理します。各論点の詳しい説明は、それぞれの専門記事でご案内します。
自筆証書遺言の書き方サンプル
以下は、妻、長男、長女がいる方が、不動産、預貯金、有価証券などの承継先を指定する場合の一例です。
実際の遺言書は、家族構成、財産内容、遺留分、相続人同士の関係などを確認したうえで、個別に内容を設計する必要があります。
遺言書
遺言者 山田一郎は、次のとおり遺言する。
第1条(不動産)
遺言者は、遺言者が所有する別紙財産目録第1記載の土地および建物を、遺言者の妻 山田花子(昭和○年○月○日生)に相続させる。
第2条(預貯金)
遺言者は、遺言者名義の次の預貯金債権を、妻 山田花子に相続させる。
1.株式会社○○銀行○○支店
普通預金 口座番号○○○○○○○
2.株式会社△△銀行△△支店
定期預金 口座番号○○○○○○○
なお、上記各預貯金について、本遺言の効力発生時までに、口座番号、取扱支店または預金の種類等に変更があった場合であっても、同一性が認められる預貯金については、本条の対象に含むものとする。
第3条(有価証券)
遺言者は、○○証券株式会社○○支店の遺言者名義の証券口座(口座番号○○○○○○)において管理されている株式、投資信託、預り金その他一切の財産を、長男 山田太郎(平成○年○月○日生)に相続させる。
第4条(長女に相続させる財産)
遺言者は、別紙財産目録第2記載の預貯金を、長女 山田美咲(平成○年○月○日生)に相続させる。
第5条(残余財産)
遺言者は、前各条に定める財産を除き、遺言者が本遺言の効力発生時に有する現金、預貯金、動産、還付金その他一切の財産を、妻 山田花子に相続させる。
第6条(予備的遺言)
妻 山田花子が遺言者より先に、または遺言者と同時に死亡していた場合、遺言者は、第1条、第2条および第5条により妻 山田花子に相続させるものとした財産を、長男 山田太郎および長女 山田美咲に、それぞれ2分の1の割合で相続させる。
第7条(遺言執行者)
1.遺言者は、本遺言の遺言執行者として、次の者を指定する。
住所 奈良県奈良市○○町○番○号
氏名 山田太郎
生年月日 平成○年○月○日
2.遺言執行者は、本遺言を執行するために必要な預貯金の解約、払戻し、名義変更、有価証券の名義変更、移管、換価処分、不動産登記手続その他必要な一切の行為を行う権限を有する。
3.遺言執行者は、必要がある場合、第三者にその任務を行わせることができる。
第8条(付言事項)
私は、これまで家族に支えてもらい、穏やかに生活することができました。
この遺言は、家族の間で争いが起こることを望まず、それぞれの生活状況やこれまでの経緯を考慮して作成したものです。
相続する財産の内容に違いがありますが、私の意思を理解し、今後も家族で助け合ってくれることを願っています。
令和8年8月30日
住所 奈良県奈良市○○町○番○号
遺言者 山田一郎 ㊞
別紙財産目録
第1 不動産
【土地】
所在 奈良市○○町
地番 ○番○
地目 宅地
地積 ○○・○○平方メートル
【建物】
所在 奈良市○○町○番地○
家屋番号 ○番○
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 ○○・○○平方メートル
2階 ○○・○○平方メートル
第2 預貯金
株式会社□□銀行□□支店
普通預金 口座番号○○○○○○○
令和8年8月30日
遺言者 山田一郎 ㊞
ご注意ください
上記は、書き方をイメージするための一般的なサンプルです。そのまま書き写せば、すべての方にとって適切な遺言書になるものではありません。
サンプルをそのまま書き写すだけでは不十分です
自筆証書遺言は、本文を手書きして署名・押印すれば、それだけで安心というものではありません。
サンプルのような遺言書を作る場合でも、少なくとも次の点を検討する必要があります。
- 誰が法定相続人になるのか
- どのような財産と負債があるのか
- 不動産や預貯金を特定できているか
- 遺言書に記載していない財産を誰が取得するのか
- 財産を渡す予定の人が先に亡くなった場合にどうするか
- 他の相続人の遺留分を侵害しないか
- 誰が相続手続を進めるのか
- 遺言書をどこで保管するのか
遺言書は、作成した本人が亡くなった後に使われます。相続開始後に記載内容が分かりにくくても、本人に質問したり、書き直してもらったりすることはできません。
「本人の希望が何となく伝わること」ではなく、第三者が読んでも、対象財産と取得者を特定できることが重要です。
自筆証書遺言とは
自筆証書遺言とは、遺言者本人が作成する遺言書の一つです。
公正証書遺言とは異なり、原則として、公証人や証人に立ち会ってもらう必要はありません。遺言者本人が法律上の要件を守れば、自宅などでも作成できます。
主なメリット
- 公証役場へ行かずに作成できる
- 証人を用意する必要がない
- 費用を抑えやすい
- 内容を他人に知られずに作成できる
- 必要に応じて書き直せる
主なデメリット
- 形式を間違えると無効になる可能性がある
- 内容を自分で確認する必要がある
- 紛失・破棄・改ざんの可能性がある
- 発見されないことがある
- 本人作成か争われることがある
- 自宅保管では検認が必要になることがある
自筆証書遺言が有効になるための要件
自筆証書遺言には、法律上守らなければならない要件があります。
- 遺言書の本文を本人が自書する
- 作成した年月日を正確に記載する
- 本人が氏名を自書する
- 本人が押印する
- 訂正・追加・削除を正しい方法で行う
- 2人以上で共同の遺言書を作成しない
たとえば、パソコンで本文を作成し、最後に署名・押印しただけでは、自筆証書遺言の要件を満たしません。また、「令和8年8月吉日」のように、具体的な作成日を特定できない書き方も避ける必要があります。
訂正方法にも決まりがあります。書き間違いがあった場合には、無理に訂正するより、最初から書き直した方が安全なケースもあります。
詳しい解説:自筆証書遺言が無効になるケース|日付・署名・押印・訂正方法を解説
財産目録はパソコンで作成できる
自筆証書遺言の本文は、原則として遺言者本人が手書きしなければなりません。ただし、遺言書に添付する財産目録については、一定の要件を満たせば、パソコンでの作成や登記事項証明書・通帳等のコピーの添付が認められます。
自書によらない財産目録を添付する場合には、遺言者が財産目録の各ページに署名・押印する必要があります。
パソコンで作成できるのは財産目録であり、「誰に何を相続させるか」という本文ではありません。
詳しい解説:自筆証書遺言の財産目録の作り方|パソコン・通帳コピーは使える?
自筆証書遺言を作成する基本的な流れ
自筆証書遺言は、いきなり清書を始めるものではありません。相続人と財産を確認し、遺言内容を設計してから清書します。
目次
1.推定相続人を確認する
自分が亡くなった場合に、誰が法定相続人になるのかを確認します。前婚の子ども、養子、認知した子ども、先に亡くなった子どもの子などが相続人になることもあります。
2.財産と負債を確認する
不動産、預貯金、株式、投資信託、会社の株式、自動車などの財産を整理します。住宅ローン、事業資金の借入れ、保証債務などの負債も確認します。
3.誰にどの財産を渡すか決める
財産額だけでなく、相続後の使いやすさも考えます。公平に分けることと、不動産を共有にすることは同じではありません。
4.遺留分を確認する
一定の相続人には、最低限の取り分である遺留分があります。遺留分を侵害する遺言書が直ちに無効になるわけではありませんが、相続開始後に金銭請求を受ける可能性があります。
5.遺言執行者を検討する
預貯金、有価証券、不動産などがある場合には、誰が遺言内容を実現する手続を進めるのかを決めておくと、相続発生後の負担を減らせます。
6.原案を作成してから清書する
相続人の氏名、不動産の表示、金融機関名、口座番号、遺留分、残余財産などを確認し、そのうえで遺言者本人が本文を清書して、日付、署名、押印を行います。
不動産・預貯金・株式の書き方
遺言書では、対象となる財産を特定できるように記載します。
- 不動産:登記事項証明書の所在、地番、家屋番号などに基づいて特定します。
- 預貯金:金融機関名、支店名、預金種別、口座番号などを記載します。
- 株式・投資信託:証券会社、支店、口座番号などで証券口座を特定します。
普段使用している住所と、登記記録の地番・家屋番号は同じとは限りません。また、遺言書の作成後に増えた財産や、記載から漏れた財産に備えて、「その他一切の財産」を誰に取得させるかも検討します。
詳しい解説:自筆証書遺言で不動産・預貯金・株式を指定する書き方|記載例付き
自筆証書遺言で検討したい主な条項
残余財産条項
遺言書に個別に記載していない財産を、誰に取得させるかを指定する条項です。指定がなければ、記載されていない財産について遺産分割協議が必要になる可能性があります。
予備的遺言
財産を取得する予定の人が、遺言者より先に亡くなっていた場合に、次に誰が取得するかを指定する条項です。
遺言執行者の指定
預金解約、有価証券の手続、不動産登記などを進める遺言執行者を指定します。相続人を指定することもできますが、事情によっては司法書士などの専門家を指定する方法もあります。
付言事項
家族への感謝や、財産の分け方を決めた理由などを伝える部分です。一般的に法律上の強制力はなく、付言事項だけで相続人の遺留分を失わせることはできません。
詳しい解説:自筆証書遺言に遺言執行者は必要?指定するメリット・権限を解説
自筆証書遺言はどこに保管する?
主な保管方法には、自宅、家族や専門家への預託、貸金庫、法務局の自筆証書遺言書保管制度があります。
自宅保管では費用がかかりませんが、紛失、破棄、改ざん、未発見などのリスクがあります。貸金庫についても、契約者の死亡後に相続人がすぐ開けられるとは限りません。
法務局の保管制度を利用すると、遺言書の原本が法務局で保管されます。また、法務局で保管された自筆証書遺言に関する遺言書情報証明書は、家庭裁判所の検認が不要です。
ただし、法務局は、遺留分、財産配分、相続登記の可否など、遺言内容の法的な妥当性まで保証するわけではありません。
詳しい解説:自筆証書遺言書保管制度とは?法務局に遺言書を預けるメリット・手続きを解説【2026年版】
自宅で発見された自筆証書遺言には検認が必要
自宅などで保管されていた自筆証書遺言は、原則として、家庭裁判所の検認を受ける必要があります。
検認は、遺言書の形状、日付、署名、訂正状態などを確認し、偽造・変造を防ぐための手続です。検認は、その遺言書が法律上有効か無効かを判断する手続ではありません。
封印された遺言書を発見した場合には、相続人が自分で開封せず、家庭裁判所で開封します。
詳しい解説:自筆証書遺言の検認とは?必要なケース・申立ての流れ・開封時の注意点
自筆証書遺言と公正証書遺言はどちらがよい?
| 比較項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 |
|---|---|---|
| 作成方法 | 本人が原則として本文を自書 | 公証人が公正証書として作成 |
| 費用 | 抑えやすい | 公証人手数料等が必要 |
| 証人 | 不要 | 原則2人必要 |
| 原本の保管 | 自宅または法務局など | 公証役場 |
| 検認 | 自宅保管の場合は原則必要 | 不要 |
| 形式の確認 | 自分で確認 | 公証人が関与 |
遺言内容が複雑な場合、相続人同士の対立が予想される場合、相続人以外へ遺贈する場合、前婚の子どもがいる場合などは、公正証書遺言を優先して検討するケースが多くなります。
詳しい解説:自筆証書遺言と公正証書遺言はどちらがいい?違い・費用・メリットを比較
自分で作成しやすいケース
- 推定相続人が少なく、家族関係が単純
- 財産の種類や数が少ない
- 財産の分け方が単純
- 法定相続分と大きく異なる分け方をしない
- 相続人以外への遺贈がない
- 遺留分の問題が生じにくい
- 定期的に内容を見直せる
ただし、「自分で作成できる可能性がある」ということと、「ひな形をそのまま書き写せばよい」ということは別です。
司法書士へ相談した方がよいケース
- 不動産が複数ある
- 私道持分、共有持分、未登記建物がある
- 相続人以外へ財産を渡したい
- 子どものいない夫婦
- 前婚の子どもがいる
- 一部の相続人に財産を集中させたい
- 遺留分を侵害する可能性がある
- 相続人同士の関係に不安がある
- 会社や事業を承継させたい
- 遺言執行者を専門家に任せたい
- 自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらがよいか判断できない
特に不動産がある場合には、遺言書の記載が、その後の相続登記につながる内容になっているかを確認することが重要です。
自筆証書遺言は定期的に見直す
遺言書を一度作成しても、家族関係や財産内容は変化します。
- 不動産を売却または購入した
- 預貯金口座を解約した
- 証券会社を変更した
- 結婚または離婚した
- 子どもや孫が生まれた
- 相続人や財産を渡す予定の人が亡くなった
- 家族との関係が変化した
- 会社や事業の承継者が変わった
毎年必ず書き直す必要があるわけではありません。一つの目安として、家族関係や主要な財産に変化があったときに内容を確認するとよいでしょう。
まとめ
自筆証書遺言は、公証役場を利用せず、自分で作成できる遺言書です。ただし、本文を手書きして署名・押印するだけで完成するものではありません。
- 法律上の形式を満たしているか
- 財産目録を正しく作成しているか
- 不動産や預貯金を特定できているか
- 残余財産の取得者を決めているか
- 財産を渡す人が先に亡くなる場合を想定しているか
- 遺留分を考慮しているか
- 遺言執行者を指定するか
- 遺言書をどこで保管するか
- 相続開始後に検認が必要か
- 公正証書遺言を選んだ方がよいケースではないか
親記事では、自筆証書遺言を作成するときの論点を一通り紹介しました。それぞれの詳しい要件や手続については、関連する子記事を確認し、自分の家族関係や財産内容に当てはめて検討することが大切です。
司法書士法人あやめ池事務所では、推定相続人や財産内容を確認したうえで、自筆証書遺言の原案作成、不動産の調査、遺言執行者の指定、法務局の保管制度などをサポートしています。
自分で作成できる内容か、公正証書遺言を選んだ方がよいか分からない場合も、現在の家族関係と財産を整理するところからご相談いただけます。



